チェルノブイリ25年 - 懐かしのタスマニア

健康障害タイムテーブル:チェルノブイリ25年で何が起こったのか?(その1:事故発生、1986年から18年後、2004年まで)1986年:チェルノブイリ事故発生。●1987年(1年後) ・1987年一部地域での小児甲状腺癌の増加が認められる(1995年 WHO調査結果。IAEAは否定)・1987年1月にベラルーシダウン症の子どもが急激に増えた。1986年4月の事故当時、母親はごく初期の妊娠時期だったと思われる。(ベラルーシ先天性疾患研究所)・1987年にベラルーシでもっとも汚染の激しかったゴメル州では、出生率の有意な低下が見られた。(2009年 ニューヨーク科学アカデミー)・1987年にベラルーシの死産率は、ドイツの4倍となった。スウェーデンポーランドハンガリーギリシャについても、ドイツの2倍ほどに上昇した。(2009年 ニューヨーク科学アカデミー)・1987年3月、事故から約10か月後、イギリスのイングランドウェールズの一部では、周産期死亡(妊娠第22週〜出生後7日未満)が

2倍以上になった。(2009年 ニューヨーク科学アカデミー)・ギリシャでは1987年年1月〜3月、出生率が10%低下した。(2009年 ニューヨーク科学アカデミー)・ドイツ、西ベルリンではチェルノブイリ事故翌年の1987年1月にダウン症の子どもが多く生まれた。(チェルノブイリドイツ民主共和国  事実と隠蔽 その影響は今日まで至っているか?)●1988年(2年後) ・大人については糖尿病、慢性気管支炎、虚血性心疾患、神経系統の病気、胃潰瘍、慢性呼吸器系の病気などが、1988年には、それ以前に比べて2倍から4倍に増加。また、種々の機能失調、神経衰弱、貧血、扁桃腺や耳鼻咽喉系の慢性疾患などを持った子供たちの割合が著しく増加した。(1989年 IAEA非公式会議。ベラルーシの保健大臣からの報告)・約1200キロ離れたクロアチアでは、86年末から87年初にかけて、また88年9月に死産が有意に増加。第2のピークは、汚染された牛肉を食べたことが原因の可能性。(2009年 ニューヨーク科学ア

カデミー)●1989年(3年後)・ベラルーシ共和国ゴメル州チェチェルスク市。子供たちの80%は免疫力が弱っていて、1989年この地方の子供たち600人を調べたところ60%に貧血症が見られた。その他、カタル(炎症のひとつ)が多く、頭痛、眠気、甲状腺肥大などの症状を持っている。(『チェルノブイリ5年目の報告 汚染大地』1990年 朝日新聞原発問題取材班)●1990年(4年後)・1987年に続きダウン症の子どもの増加がピークに。(ベラルーシ先天性疾患研究所)・ベラルーシウクライナ,ロシアのCIS3カ国で小児甲状腺ガンが急激に増加。・ベラルーシのホメリ州とウクライナキエフ州ににおいて1983年から1990年までのデータを用いて行われた調査では、事故後、新生児に低酸素症、新生児呼吸窮迫症候群、血液疾患などの罹病率の増加が見られ、この研究の結果、母親、胎児、子供の健康は妊娠女性と子供の各器官と体組織の適応異常や病理学的異常とともに放射線による著しい影響を受けていることが結論づけられた。(Wikipedia)●1991年(